清水晶子『フェミニズムってなんですか?』文藝春秋
『VOGUEと学ぶフェミニズム』オンライン連載を書籍化したもの。
気になったところをピックアップしてツッコみます。
「あなたたちはいないことにはなっていませんよ」?
大学院でフェミニズム理論を学んだ写真家、長島有里枝と対談
連帯の文脈で、同じ「場」に一緒にいられなくなる人、その「場」では生きていけないと思う人をなるべくつくらないように実践していることはあるか?と聞かれて
ちょっとずれるかもしれませんが、大学で教えるときに、多数派の、例えば東大だったらシスジェンダー(※)で異性愛の男子学生たちにわかりやすい形でジェンダー論などの基本を教えることもすごく大事ではあるけれど、他方でそういう多数派に基準をおくそのような「場」に馴染めない学生たちもいますよね。「学生証では男性になっているけれども自分の性自認は女性だ」とか、「自分はゲイだから、異性との結婚を前提に家事分担なんかの話をされると少し疎外感がある」とかいう学生たちもいる。で、わたしはどちらかというとそういう、少し外れちゃうなと感じているかもしれない学生たちを念頭に置いた授業をしたいなと思うんです。もちろん、どちらも大事であることは間違いない。でも、他の人が盛り上がっている話に自分はうまく乗れない、場からちょっと外れている、という人たちに、あなたたちはいないことにはなっていませんよ、あなたたちもこの大学を構成する重要なメンバーですよ、というメッセージを送ることで、その人たちが少しでもいやすい「場」を作っていけたら、というのはあります。それは、信条や経験が同じかどうかという前の、連帯の第一歩ではないか、と思います。
p64 強調は筆者
(※)シスジェンダー……誕生時に法的・医学的に割り当てられた性と、自己の性同一性との間に違和感のない人。トランスジェンダーでない人。(p69)トランスカルト用語なのであてにしなくていいです。
ジェンダー論が具体的にどういう話をするのかまでは分かりませんが、そもそも性自認は根拠がジェンダー、つまり女らしさ・男らしさの偏見なんだから、それは虚構だよ、と教えないんでしょうか?
既婚・彼女持ちゲイとかいるらしいですし、女性と家事を分担する可能性も、なんなら女性への加害者になる可能性もあるので学ぶのは大事なんじゃないですかねえ。男性同士だったらどういう家事分担をするのか気になります。
「あなたたちはいないことにはなっていませんよ」?異性自認男性にも男性同性愛者にも、「男性であるあなたたちはこういうゲタを履いていますよ」と伝えられる機会だと思うんですが。例えば女性に美容や装飾を強いるが男性には求めない社会で、例えば女性に家事を負担させることによって支えられている資本主義の中で、男性であることでどんな得をしているか。何を自認しようと、何を好きになろうと、あなたは構造の中の一人ですよというメッセージを送るのもいいんじゃないでしょうか。
J.K.ローリング氏について
「ハリー・ポッター」シリーズの作家J.K.ローリングは、フェミニストを名乗るリベラル派としても知られる一方で、トランス女性へのヘイトスピーチを繰り返してきた女性を擁護したり、トランス男性やノンバイナリー(男性/女性のどちらかではない性同一性の総称)の人々が医療を受けやすくなるために工夫されてきた表現を嘲笑したりする発言をSNSで繰り返し、批判を受けました。彼女の一連の言動に足りなかったものは、インターセクショナルな視点だと言えるかもしれません。
p77
オンライン連載ではJ.K.ローリングさんの写真とともに載った文章。「ノンバイナリーの人々が医療を受けやすくなるために工夫されてきた表現(というのもちょっと怪しいですが)を嘲笑したりする発言」はこれ↓のことでしょうか?引用しますのでご自身で見極めてください。
「生理のある人」。そういった人たちを指す言葉が確かにあったと思います。誰か私を助けてください。ウンベン?ウィンプンド?ウームド?
J.K.Rowlingさん2020年6月7日のツイートより
意見: 生理のある人々にとって、より平等な新型コロナウイルス感染症後の世界を創る
ちなみに朝日新聞はJ.K.ローリングさんが女性を「生理のある人」と呼んだとし批判しましたが、のちに訂正しています。「生理のある人」呼びとJ.K.ローリングさん、おかしいのは果たしてどちらなのでしょうか。
出たな「インターセクショナリティ」!
インターセクショナルな視点は、差別を均一化し、簡略化することの危険性に注意を払うことを要求します。同じ女性同士でも白人女性と黒人女性、シス女性とトランス女性では、あるいは同じ黒人同士でも黒人男性と黒人女性では、差別の経験がまったくちがうことがあるのだ、という認識を前提に、私たちの社会が構造として何を中心に置き、何を軽視したり後回しにしたりしているかを考えることが、インターセクショナルな視点を持つ出発点になるのです。
p77 強調は筆者
なんでシス女性と異性自認男性(いわゆるトランス女性)を並べるんだ??並べるとしたらシス男性と異性自認男性だろ!男性であることと異性自認であることをインターセクショナルな視点()で研究すればいいんじゃないですかねえ。
インターセクショナリティはブラック・フェミニズムから生まれてきた視点、それは確かに大切だ。でも使いどころを間違えると大変なことになる。『アンジェラ・デイヴィスの教え 自由とはたゆみなき闘い』にフェミニズムの章があるんですが、黒人女性がフェミニズムにおける女性から排除されたことと、異性自認男性が女性から排除されることは違うのに、仲間として連帯してる感じがある。その二つは全然別の理由です。前者は反省が必要。後者は、男は女じゃないからです!!
セックスワーカーを尊重??
日本でも、ともするとセックスワークに道徳の視点を持ち込み、二〇二一年四月の政府側の主張のようにセックスワーク全体を「不健全」と否定したり、逆にセックスワーカーをかわいそうな犠牲者としてだけ見たりする傾向があります。もちろん、実際にセックスワークの現場で、不当な収奪を受けたり、心身を危険に晒されたりしている人々がいるのは、事実です。それは重大な人権侵害にあたりますし、それを放置したまま性産業の現状を追認するのは人権侵害への加担に他なりません。けれども、繰り返しますが、セックスワーカーが直面する収奪や劣悪な労働環境を改善するために必要なのは、セックスワークを根絶すべき害悪として特殊視することではなく、セックスワーカーの労働者としての尊厳と権利、つまりより安全でより公正な環境で労働する権利とを、尊重し、追求することなのです。
p176 強調は筆者
労働環境が改善されたら、この人は喜んでセックスワーカーとして働くんでしょうか?安全(?)に正当な(?)対価を受け取り、敬意を受けて(?)他人に性的行為する仕事を。…他人に性的行為をしなくてはいけない環境を安全とは呼ばない。性的行為は金で買えない。敬意は邪魔だ。必要なのは尊敬でも蔑視でもなく、自分と同じ人間として見ることだ。
コロナ禍による給付金の対象にならなかったのは確かにおかしい。でも必要なのはコロナ禍に限らずセックスワークをしなくていいように受け取れる給付金だろ。労働者とみなすな!困窮者とみなせ!彼らは助けを要求する権利がある!社会は女性をペイレイプから守る義務がある!稼がなくていい!男の役に立たなくていい!
異性自認男性をめぐる論争
作家・李琴峰との対談 異性自認男性をめぐる論争の背景について
李:身体感覚や経験を共有する難しさが、異なる立ち位置にある人たちが共存することを阻む原因の一つであるように思います。いわゆる女性専用空間、たとえば女子トイレや浴場に──トイレと浴場という性質が全く異なる空間をいっしょくたにすること自体おかしいとは思いますが、そこはおいておきつつ──トランス女性が入っていくことを強く拒絶するシス女性がいて、SNSで論争になっています。拒絶するシス女性は、もしかしたら性暴力を受けた経験から恐怖を抱くのかもしれないし、単に男性に対する恐怖心があるのかもしれない。でも一方で、排除されることでトランス女性がトラウマを抱えたり、生存を脅かされる可能性もあります。お互いの経験を共有して、なんとか共存する道を探せないだろうかといつも考えるのですが、堂々巡りになってしまいます。清水先生はこの問題についてどうお考えですか?
立ち位置が異なるのではありません、性別が異なるのです。女性の恐怖心を尊重する気がないのは分かりました。恐怖心が仮に理解できなくても、性暴力を起こすのはほとんど男性という客観的なデータがあります。排除されているのではなく男性は女性スペースに最初から入れません。共存する必要はありません。棲み分けましょう。男性は男性用スペースへどうぞ。
女性も生存を脅かされてますが!??過去の事件を知らないでトランスジェンダーと女性用スペースの話題に首突っ込む人がいるようなのでリンク載せておきます。文京区小2女児殺害事件 ソウル江南トイレ殺人事件 あとこの連載時にはまだなかったですが、2023年4月に開業して8月に閉鎖された歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレ()という、「現代の日本で失敗した」前例ができました。もう反論の余地がありませんね。
というかなぜ女性用スペースでの女性と異性自認男性の共存を考える??男性用スペースでの男性と異性自認男性の共存を考えるべきじゃないんですか???
清水:まずそもそも、トランス女性を集団として最初から性暴力の加害者(あるいは加害候補者)とみなすこと、「トランス女性」への正しい認識がないままに偏見に基づいて議論が進むこと、それ自体に大きな問題があります。その前提の上で、トランス女性にも非常に高い割合で性暴力被害経験のある人々がいることがわかっているわけで、たとえば性暴力被害経験のある女性同士がお互いの経験に耳を傾けあい、支え合うこともできるかもしれないのです。
男性が女性スペースに入ったら加害者です。女性スペース使わせろと言っていれば加害候補者とみなしますよ。というか既に加害者出てますからね。ス〇ンヌみさきっていうんですけど。前例が一件でもあればもう反論できませんよ。
「性暴力被害経験のある女性同士」ってつまり女性の性被害者と異性自認男性の性被害者ってことでしょ!?支え合うどころか女性が異性自認男性のケア役にさせられそう。性暴力被害経験を娯楽的に消費されそう。性暴力被害経験者の男性が性暴力加害者にならない保証はない。女性は女性だけで集まる権利があります。
おそらく性分化疾患について
生物学的な性別の指標としてしばしば用いられるのは、外性器の形や生殖器、ホルモンバランスや染色体などですが、そのいずれかひとつを突き詰めればすべてのヒトを生物学的に明確かつ最終的な形で雌雄のどちらかに決定できるのかというと、現時点での医学や生物学は、必ずしもそんなにはっきりとは分けられない、と考えているようです。(p202)
おそらくDSD(性分化疾患)を考慮した部分なのでしょう。『フェミニズムってなんですか?』が発売されたのは2022年5月20日ですが、2021年にはネクスDSDジャパンさんが【緊急声明】「体の性のグラデーション(スペクトラム)モデル」は人権侵害です。を発表されています。この声明によれば上記は偏見です。トランスジェンダーについての他の本もDSDについて偏見をまき散らしているものがあるので注意が必要です。
おわりに
『フェミニズムってなんですか?』の内容は半分くらいは全然変じゃない。でもトランスジェンダリズム(性自認至上主義)とセックスワークイズワーク(セックスワークを暴力や搾取でなく労働とみなすこと)に染まってしまっている。嘘をつくときは本当のことを混ぜるといいって何かで読みましたけど、この本にはうまく嘘が混ぜ込まれていると思います。女性の権利を主張しているようで、巧妙に女性の権利を削っている。初心者が入門書として読んだら騙されてしまいそうです。
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