ブチギレ読書シリーズ ウィッピングガール トランスの女性はなぜ叩かれるのか 激怒ポイント編

反TGism

ウィッピングガール トランスの女性はなぜ叩かれるのか ジュリア・セラーノ 矢部文訳 サウザンブックス社

以下『ウィッピングガール』と略します。
引用のページ数は『ウィッピングガール』のページ数です。

トランスセクシュアル・シスセクシュアルは今で言うトランスジェンダー・シスジェンダーだと思って良さそうです。トランスセクシュアルという言葉、今では古めかしい言い方らしいです(訳者あとがきより)

はあ??まさに性自認至上主義。「セックスの社会的・法律的変更プロセスは、医療・精神医療から完全に切り離されるべき」??性自認という妄想を全部肯定していたら、その人がもし精神疾患を抱えていたら治療の機会が遠のくと思うんですが。性自認を疑うのが差別になってしまうなら誰も指摘できなくなるんですが。

そして医療処置(性ホルモンや美容整形手術)があったとしても性別は変わらないから、社会的法的に性別を変えられるという思想自体がおかしい。必要なのは性別を変えたいという意思の肯定ではなく「なぜそう思うのか?」という問いだ。その問いに「あれ?答えられない!?」という混乱ならまだいいですが、場合によっては怒りだすかもしれませんね。「私が女だと言ったら女なのだ」と。

引用のような考えを指した「オンデマンド性転換」という言葉を侮蔑的ととらえたようだが、いやオンデマンド性転換でしょ(オンデマンド On-Demand:要求に応じて提供する)。医師による「診断」ではなく、医師でもない人間の「要求」に従うんかい!

上記の条件(?)をクリアしたところで女は女だし男は男だが??
・女性としてのアイデンティティをもっているから→持っていてもあなたは男ですが??
・女性として生活しているから→どんな生活しててもあなたは男ですが??
・周りから女性として扱われるから→どう扱われてもあなたは男ですが??
なんで自分を女性と呼ぶ権利があると思い込んじゃうんでしょうね??自分の思い込みに気付いてほしい。

女性として認めてもらう権利って何??当たり前のように特権としてもっているって何??男が女は特権を持っている!と言うとき、男の特権が透明化されると思ってます。男が自分をマイノリティーだと主張し、女性をマジョリティだと主張すれば、男性特権を隠すことができる。女性差別を隠すことができる。シス特権()という名前で糾弾しておけば、トランス特権要求してることを隠せるとでも思ってる?

弱者に配慮すべきって価値観が広まるのはいいけれど、その弱者を決めるのは結局男。かわいそう合戦に勝つにはより弱くないといけない。女を叩くには女より弱くないといけない。例え強者であっても自分は弱者と認めさせれば配慮されるべき立場を奪い取れる。「弱者に配慮すべき」という価値観(倫理と言ってもいい)の中で勝利できる。トランス女性はマイノリティ!シス女性はシス特権がある!という主張はこの論理だと思っています。…それでいいのか??そこまでして男性特権を認めたくないのか。

なんで「女であることがめちゃくちゃエンパワメント」なんだ??感謝??はあ??どういう理由でエンパワメントになるかは分かりませんが、アンチフェミニストがことあるごとに「女のほうが強いんだ!」と主張するのを思い出します。私個人の考えですが、女性への加害欲が満たされてエンパワメント、つまり自分は弱くないんだという心の支えになる説を提案しておきます。異論は受け付けます。

「被害者の役を演じようとするシスセクシュアル女性」??女は被害者面してるとでも言いたいんでしょうか。言いたいんでしょうね。言葉の節々からミソジニーを感じますね。感謝うんぬんの部分は、「女であることにあぐらをかいてる」的なニュアンスも感じます。「女は女であることに感謝すべきなのにしていない」…とまでは言っていませんが、今まで観察してきた女性自認男性たちの言動から察するにこのくらいのミソジニーを持っていてもおかしくないと思います。

「女性である権利を主張する生の強さ」??まず女性じゃないし、女性である権利なんてないし、女性である権利を主張するなって話だし、生の強さって何??加害欲の強さじゃなくて??女性として認められる権利のためにじゃなくて、男なのに男から追い出されることに対して、男と闘ったほうがいいんじゃないですかね。敵を間違えてますよ。

女であること(?)に感謝できるのは男に生まれて男の身体で生きてるからです。別に女であることに感謝なんてなくないですか??女性をエンパワメントしようとする動きはありますが、「女であること」は別にエンパワメントにはならなくないですか??全く別の感情をエンパワメントだか感謝だかと勘違いしている気がします。

ウィッピングガールという題名は、王が受けるべきムチを代わりに受けるウィッピングボーイ(Wikiですみません)からで、女性自認男性(いわゆるトランス女性)たちがスケープゴートにされているという意味も含まれているようです。はあ…誰の代わりに…?男へのみせしめ?

『トランスジェンダー問題 議論は正義のために』でも似たようなこと書いてましたが、MTFスペクトラム上の人たちがフェミニズムを必要としているだけではない。フェミニズムのほうもMTFの経験と視点を必要としている(p341)的なことを書いていました。呆れますね。男はメンズリブにどうぞ。

男性特権を口実にMTFスペクトラム上の人たちを排除するのを見るにつけ、著者は腹を立てているそうです。そういう人たちは、自分のセックスと潜在意識下のセックスが一致する生得権(?)も潜在意識下のセックスのジェンダーで社会化される社会化特権(?)も自分が女であることを正当で疑いのないものとみなされるシスセクシュアル特権(?)も吟味しないじゃないかと(p338要約)。…それ、他人はプラマイゼロの地点で、自分がマイナス地点にいるとは思わないのかな?自分と違うものが全部特権に見えてますね?

本のカバーのところにフェミニズムと共闘すべきって書いてあるけど、女性自認男性(いわゆるトランス女性)が共闘するべきはメンズリブです。「男とはこうあるべきをやめよう」「男らしくなくていい」「男らしくない服を着ていい」「男らしくない男でも男性用トイレから排除するな」、これらを男として男に向かって広めてほしい。

男として女性を踏むのをどうすればやめれるのかフェミニズムから学んでもいい。男性特権を自覚して男性特権を解体するのは、ひいては女性差別を解体することになるのに。女性に間違われたときに女性差別を受けるのも減らせる。フェミニズムの理論を存分にメンズリブに生かしてくれていいから!メンズリブにどうぞ!

この本は全体的に、自分たちが女性差別していることに気付いてない。男性特権を見ようともしていない。おまけに性別は変えられないという事実を否認している。ここに書いたのはほんの一例で、おかしいところが山ほどあるのでみなさんも読んだらもっとブチギレますよ。

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